近年、農業分野における人手不足は深刻化しており、その解決策の一つとして特定技能外国人の活用が注目されています。そこで本記事では、特定技能制度の概要から、農業分野での受け入れに必要な要件、注意点、支援策まで詳しく解説します。
在留資格「特定技能」とは
2019年にスタートした特定技能の制度は、深刻な人手不足の分野において、一定の技能と日本語能力を持つ外国人が日本で就労するための新たな仕組みです。農業分野もその一つであり、「特定技能」の在留資格を持つ外国人は、即戦力として活躍することが期待されます。
特定技能には、以下の2つの区分があります。
特定技能1号
特定の技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格です。農業分野では、耕種農業や畜産農業などの作業に従事することができます。
通算で5年、日本で働くことができますが、家族の帯同はできません。特定技能1号になるためには、技能実習2号を良好に修了したり、日本語能力試験と技能測定試験に合格するなどの条件があります。
特定技能2号
特定技能1号よりも高い技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格です。一定の実務経験を積み、技能測定試験に合格すると特定技能2号の在留資格を得ることができます。
農業分野では、令和5年から新しく特定技能2号となる道がひらかれました。農業の現場での管理者としての2年以上の実務経験または農業の現場での3年以上の実務経験を積むと、「2号農業技能測定試験」の受験資格が与えられます。
この試験に合格することで、特定技能2号として熟練した技術を持っていると証明することができます。特定技能2号は、1号と異なり、配偶者や子供を母国から呼び寄せることができる在留資格です。
参考:特定技能1号と2号の違いとは?〜それぞれの特徴を踏まえわかりやすく解説〜
特定技能「農業」で従事できる作業について

特定技能「農業」では、どんな仕事ができるのでしょうか?具体的な作業内容を見ていきましょう。
耕種農業全般の作業
耕種農業では主に以下の作業に従事します。
・野菜、果樹、穀物、花木などの栽培・収穫
・播種、施肥、剪定、摘果などの管理作業
・農産物の選別、包装、出荷準備
ただし、選別業務など、簡易的作業だけに従事させることはできません。
畜産農業全般の作業
畜産分野での作業内容は以下のとおりです。
・牛、豚、鶏などの飼育管理
・餌やり、清掃、健康管理
・繁殖、分娩の補助
こちらでも、選別業務等だけに従事させることはできません。2号特定技能外国人は、上記の業務に加え管理業務に従事することが必要となります。
農業分野の特定技能外国人の雇用形態と注意点
特定技能制度による農業分野での受け入れについては、一般的な特定技能の受け入れとは異なる点があるため注意が必要です。
直接雇用
まずは、農業者が受入れ機関として直接外国人を直接雇用する一般的なパターンです。農業者は、雇用主として特定技能外国人と雇用契約を結び、指揮命令者となります。特定技能外国人は、農業者の指示のもとで農作業等に従事します。
派遣雇用
農業分野では、派遣事業者が受入れ機関となり、特定技能外国人を派遣してもらうパターンも認められています。この「派遣」という雇用形態は、特定技能の働き方としては特殊で、「農業」と「漁業」の2分野のみでしか認められていないものです。
特定技能制度で特定技能外国人を雇用する際には、労働者派遣法の規定も順守しなければなりません。本来特定技能は5年間の就労ができる制度ですが、労働者派遣法での派遣期間が3年であるため、厳しい規定が優先され、就労期間は3年となります。
請負契約
農業分野では、農業協同組合(JA)等が所属機関になり、特定技能外国人をJA等が雇用して、組合員である農業者から農作業等を請け負い、特定技能外国人にその業務に従事してもらうという請負の方法も可能です。
この場合の指揮命令権は、業務を請け負うJA等にあります。請負契約というのは、納期までに仕事を完成させるという契約です。
作業時間や作業プロセスなどは受注者である所属機関に一任されるものですから、農業者が特定技能外国人に対して、農作業や労働時間の指示や管理を行うことはできないことに留意しておく必要があります。
特定技能外国人が就労する期間
特定技能では、原則5年間という在留期間の期限がありますが、農業分野で直接雇用または請負契約をする場合は、
・5年間連続で就労
・農閑期に一時帰国してもらい、農繫期にまた日本に来てもらう。通算で5年になるまで繰り返す
というどちらの働き方もできます。
ただし、2の働き方の場合は、出国中の期間を通算に含めないためには各空港又は港で「単純出国手続」を選択しなければなりません。
この単純出国手続とは、現在有している在留資格を修了させて日本から出国する手続きのため、農繁期に入国する際に改めて在留資格認定の手続きを行わないといけないことに注意する必要があります。
農業分野で特定技能外国人を雇い入れる時の注意点
農業分野は、天候の影響を受けやすい業種です。夏の猛暑日にハウス内での作業を行うと、熱中症などの危険も高まります。
労働場所や労働環境については、外国人が理解できる言語で十分に説明を行い、雇用契約に関しても、母国語を併記した書面の交付を行って、契約内容を理解してもらうことが重要です。
労働時間・休憩・休日の規定が適用されない
農業は、労働基準法第 41 条により、労働時間・休憩・休日に関する規定が適用除外となっています。これは、気象条件などの自然の要素に労働が左右されるため、農業従事者については特別な取り扱いとなっているようです。
ただし、これは従業員を何時間でも働かせてよいということではありませんし、労働契約時に働く時間や休日を明示しなくてもよいということではありません。
優秀な人材を確保していくためにも、労働者にとって働きやすい雇用条件・職場環境の整備が求められます。
農業における残業代・深夜割増の考え方
農業に従事する場合は、いわゆる労働時間の規定が適用されないので、基本的に「残業」という概念がありません。ただし、深夜帯の業務については、この除外規定がありませんので、他分野同様、時給に加えて深夜の割増賃金を支払わなくてはなりません。
特定技能外国人の労働保険・社会保険の適用
受け入れ機関となる農業者が個人事業主の場合、従業員が5人未満だと労働保険は任意加入となります。従って、個人事業主のもとで働くことになる特定技能外国人は、原則として国民健康保険と国民年金に加入することになります。
受け入れ機関が法人の場合は、労働保険(労災保険・雇用保険)も社会保険(健康保険・厚生年金保険)も適用です。
特定技能外国人を受け入れるための農業者の要件

6か月以上の雇用経験
農業分野で特定技能外国人を受け入れるためには、所属機関に同一の労働者を6か月以上継続して雇用した経験が必要とされます。派遣先として労働者を受け入れる場合も、同一の労働者を6か月以上継続した経験が求められますが、派遣先責任者講習を受講した者を派遣先責任者として選任していることでも要件を満たすことができます。
いずれの場合も、労働者には、技能実習生も含まれますが、短期のアルバイト等で雇用期間が「累積して」 6 か月を超える場合は要件を満たさないことに注意です。
協議会への加入
農業分野で特定技能外国人を雇う場合には、入管への在留資格の申請前に、農林水産省が運営する農業特定技能協議会へ加入していなければなりません。この場合の対象は、特定技能所属機関(受入機関)になろうとする農業者、もしくは派遣事業者です。
受入れ機関(農業者)は、農林水産省ホームページから WEB 申請を行います。必要事項をフォームに入力し、事務局から「加入通知書」を受領すると協議会への加入が完了です。
特定技能外国人への支援計画
受入れ機関になろうとする農業者は、 外国人材が安心して働ける環境を整えるための支援計画を立てる必要があります。この支援計画は、以下の10項目のサポート内容について計画と実施が必須となっています。
※出入国在留管理庁「特定技能外国人受け入れに関する運用要領」をもとに作成
10項目の支援と責任を果たすことで、特定技能外国人が安心して働ける環境を整えることができるでしょう。しかしこれらの支援について、自社ですべて行うのは難しいという農業者が多いのではないでしょうか。
そこで支援計画については、登録支援機関に委託をすることができます。
登録支援機関の活用
登録支援機関とは、外国人の入国から帰国までをサポートする機関のことです。生活オリエンテーション、日本語教育など、支援計画に関する様々なサポートが可能です。
特定技能外国人の受け入れのためには、書類の作成や複雑な手続き、外国人とのコミュニケーションや支援のための取り組みなど、様々なハードルがあります。
自社だけではどうしても難しかったり、予想以上の手間がかかったりする場合がありますので、登録支援機関のサポートを借りて、スムーズに進めていきましょう。
参考:登録支援機関とは〜特定技能制度における役割と選び方をわかりやすく解説〜
外国人が在留資格「特定技能」を取得するための要件
一般的な要件
特定技能として働けるのは、
・18歳以上
・パスポートを所有している
・就労にあたって健康上の問題がない人です。
その他にも
・保証金等を徴収されていないこと
・送り出し機関等への費用支払いは、内容を理解して適正な額を合意の上で支払っている
・受入れ機関等での食費や居住費などの支払いの内容を理解して適正な額で合意している
ということもチェックポイントになります。
農業技能測定試験
一般的な要件を満たしたうえで、一般社団法人全国農業会議所が実施する「農業技能測定試験」を受験し、合格する必要があります。この試験では農業の知識や技能に加えて、日本語で指示された農作業の内容等を聴き取り理解する日本語能力も必要です。
試験内容は「耕種農業」と「畜産農業」の2種類に分かれ、それぞれ1号試験と2号試験があります。作物分野の試験では、土壌管理、施肥、灌漑、病害虫防除など、作物栽培に必要な幅広い知識と技能が問われます。
例えば、土壌のpHを調整する方法や、適切な肥料の種類を選ぶ問題などが出題されます。畜産分野の試験では、家畜の飼養管理、衛生管理、繁殖管理など、畜産に必要な知識と技能が問われます。
例えば、牛の健康状態をチェックする方法や、適切な飼料の量を計算する問題などが出題されます。詳しくは、試験の実施国や言語などは一般社団法人全国農業会議所の農業技能測定試験のページで確認することができます。
日本語能力水準
日本語能力を測るための試験は、2種類あり、「国際交流基金日本語基礎テスト」または「日本語能力試験」を受験します。
特定技能ビザを申請するためには、国際交流基金日本語基礎テストの合格もしくは、日本語能力試験N4レベル以上で、日常生活を送る上で支障がない基本的な日本語を理解しているレベルが必要です。どちらの試験も日本国内外で実施されています。
技能実習から特定技能へ移行
技能実習は、1号が1年間、2号が2年間、3号が2年間の合計5年間まで滞在が認められている制度です。このうち、特定技能1号に移行することができるのは、技能実習を3年間(技能実習2号まで)修了した実習生です。
ただし、どの分野で技能実習を修了したのかが重要で、農業分野で技能実習を3年間(技能実習2号まで)修了した実習生は、同じ農業分野なら農業技能測定試験を受けていなくても、農業分野で働くことができます。
農業以外の分野で技能実習を修了している場合は、農業分野の耕種農業もしくは畜産農業の1号農業技能測定試験に合格しているか、確認を取りましょう。技能実習2号以上を良好に修了していると、いずれの分野での技能実習であっても日本語能力試験の要件が免除されます。
農業分野で特定技能外国人を受け入れる時の流れ

海外から来日する外国人を採用する場合
新規入国予定の外国人を採用したいときは、まず、在留資格を得るための要件の確認をします。基本的には農業技能測定試験と日本語能力について合格しているか、技能実習2号以上を良好に修了したパターンのどちらかになります。
要件を満たした外国人の中から面接で採用したい人材を決定したら、受入れ機関と雇用契約を結びましょう。派遣形態の場合は、派遣先との労働者派遣契約です。
また、入国前に健康診断も受けてもらいます。この場合、入管で指定する必須項目がありますので、診断前に項目をお伝えしておくとよいでしょう。
契約が終わったら、支援計画を作成し、事前ガイダンスを行います。これらは受入れ機関が自ら行うこともできますが、計画の作成のみならず実際に実施するところまでサポートを行ってくれる登録支援機関に委託をするとスムーズです。
その後、必要書類を揃えて、地方出入国在留管理局(入管)に「在留資格認定証明書」の交付申請を行います。在留資格認定証明書が交付されたら、在外公館にビザ(査証)の申請を行い、発給してもらえたらいよいよ入国できます。
入国後は遅滞なく生活オリエンテーションや日本語学習の機会の提供などを行い、就労開始です。
日本国内に在留中の外国人を採用する場合
まずは、外国人の資格の取得状況を確認しましょう。農業技能測定試験と日本語能力について合格しているときは各種試験の合格証など、技能実習2号以上を良好に修了しているときではそれを証明する書類等などを、履歴書や職務経歴書などと一緒に送ってもらいます。
採用が決定したら、受入れ機関と雇用契約もしくは労働者派遣契約を締結してください。受入れ機関または登録支援機関が支援計画書を作成し、事前ガイダンスを行います。
日本在住の外国人の場合、入管に提出するのは「在留資格変更許可申請」です。在留資格変更後、遅滞なく生活オリエンテーション、日本語学習など各種支援の実施を行い、受入れ機関で就労という流れになります。
特定技能外国人を雇い入れる際の補助金はあるのか?
特定技能外国人を雇い入れる際は、国や各地方自治体から支援策がないか確認してみるとよいでしょう。
例えば厚生労働省の助成金である人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)は、外国人特有の事情に配慮した就労環境の整備を行い、外国人労働者の職場定着に取り組む目的で、経費の一部が助成されます。
参考:厚生労働省 人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)
その他、国ではなく地元の自治体で、外国人採用の対象となる補助金や助成金が存在するケースもあるので、ぜひ一度調べてみてください。
受入れ後の注意事項
病原菌の持ち込み防止
農業分野で特定技能外国人を受け入れる際に、家畜伝染病や病害虫の侵入はあってはならないことです。海外からの伝染病や病原菌を持ち込ませないよう、健康診断のほかにも必要に応じて検疫を実施することも考慮されます。
また、畜舎や農場の管理区域へ立ち入りするときは必ず消毒をするなど、病原菌の持ち込みリスクを最小限に抑える対策が大事です。
重要な技術流出への注意
農業分野において、耕種では種苗、畜産では和牛の遺伝子資源等が重要な技術にあたります。日本人の社員同様、外国人の社員にもどこまで共有すれば良いかなど、明確な線引きを行い、社外の技術流出が行われないよう注意が必要です。
生活支援情報の提供
特定技能外国人の生活支援については、支援計画に基づいた住居確保や生活に必要な契約支援、日本語学習の機会提供、公的手続きへの同行などがあります。その他にも、入国在留管理庁が提供する「外国人生活支援ポータルサイト」が役立ちます。
日本で安心して生活できるよう、日本の生活のルールや税金、医療、交通、緊急時の対応方法などがわかりやすく書いてありますので、採用した外国人にはサイトの存在を伝えるようにしましょう。また、採用された外国人が困った時に対応できる相談窓口を設け、連絡先を伝えておくことも大切です。
職場でのコミュニケーション
特定技能外国人は、基本的な日本語を理解することができるレベルであるとされていますが、実際の個人の能力はそれぞれ違います。専門用語や技術用語などは、わかりやすい言葉でゆっくりとはっきりと説明するようにし、特定技能外国人が理解できるまで丁寧に伝えたいものです。
わからない言葉や表現がありそうなときは、類似の言葉などに置き換えて伝えましょう。特定技能外国人とのコミュニケーションは、業務遂行のみならず、安全管理の面でもしっかりと行っていく必要があります。
おわりに
日本の農業分野における特定技能外国人の受け入れは、人手不足解消と業界の発展に寄与する重要な取り組みです。特定技能制度により、一定の技能と日本語能力を持つ外国人労働者が日本で就労できるようになり、即戦力として活躍することが期待されます。
特に農業分野においては、耕種農業や畜産農業といった作業の繁閑に合わせて働き方を柔軟に調整できる制度となっています。
適切な受け入れ体制を整え、労働者が安心して働ける環境を提供するために、登録支援機関などをうまく活用しながら、特定技能外国人が日本で働いてよかったと満足できるような職場環境を作っていきましょう。